Charles が Massimo に出会ったとき

家具商とデザイナーが生んだ、古びることのないカレンダー

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Charles Stendig は 1919 年、ブルックリンに生まれました。戦時中は落下傘兵として従軍し、1950 年代初めには家具の商いに携わっていました。当時のアメリカの居間には、まだオークのサイドボードと花柄の張り地が並んでいた時代です。Stendig は、人々は別のものを求めているのではないかと考え、それを探しにヨーロッパへ渡りました。

彼は優れた営業家であり、それ以上に優れた旅人でした。フィンランドの貿易担当者との偶然の出会いをきっかけに、同国の若い家具産業をその目で見てほしいという招きを受け、プロペラ機をチャーターして 26 時間、四度の給油を重ねて現地に向かいました。Thonet が、彼の扱いたかった籐張りの椅子の生産終了を検討したとき、Stendig は一年分の生産費を前払いで保証し、その椅子を存続させました。椅子は膨大な数を売り上げ、その後何十年もアメリカの居間に置かれ続けました。

1965 年までに Stendig Inc. は、ヨーロッパのモダニズムをアメリカの家庭に持ち込むうえで、どの輸入業者にも劣らぬ働きをしていました。会社はパーク・アヴェニュー 375 番地にあり、この建物にはたまたま Unimark International のニューヨーク事務所も入っていました。その現地部門を率いていたのが Massimo Vignelli です。

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Vignelli はやがてその世紀を決定づけたデザイナーの一人となりますが、1966 年の時点では、それはまだ先の話でした。彼は、Mies van der Rohe や Le Corbusier に見いだした規律は建築と同じくグラフィックデザインにも属するという確信を抱いてアメリカに渡り、それを異例の厳格さで実践しました。キッチン用品、書籍、ショールーム、サインを手がけ、そのすべてに同じいくつかの原則を当てはめました。五人の仲間と共同で設立した Unimark は世界最大のデザイン会社へと成長し、企業にロゴではなく一貫したアイデンティティそのものを提供した最初期の一社となりました。数年のうちに彼のニューヨークのチームは American Airlines と Knoll のアイデンティティを生み出し、市の地下鉄の路線図とサインを刷新して、何十年も積み重なった視覚的な雑音を単一の整合した体系に置き換えました。そのほとんどすべてが Helvetica で組まれていました。彼が生涯を通じて擁護し続けることになる書体です。

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二人はこの建物で出会いました。Stendig は Vignelli に、簡潔な Helvetica のロゴを核とする企業のブランドアイデンティティを依頼しました。そして 1966 年の半ばごろ、顧客に贈る販促品を探している、引き出しにしまい込まれないようなものを、と口にしたのです。

“私たちはずっと大きなカレンダーをデザインしたいと思っていました。Stendig がその機会を与えてくれたのです。”

Massimo Vignelli

最初の Stendig Calendar は 1967 年用として 1966 年に印刷され、大きさは 3 フィート × 4 フィートでした。各月は Helvetica で組まれ、黒い頁と白い頁が一年を通じて交互に並びました。二桁の数字は、Vignelli の言葉を借りれば「口づけする」ほど詰めてカーニングされていました。数字のまわりの余白は、彼にとって数字そのものと同じだけ重要でした。

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Stendig は最初の数部を全米の顧客と友人に送りました。数か月のうちにニューヨーク近代美術館がこのカレンダーを永久デザイン・コレクションに収蔵し、今もそこにあります。

以来、毎年変わることなく刷られてきました。同じ書体、同じ判型、黒と白は今も交互に。2026 年で六十版目を迎えます。Vignelli は手を入れる理由を見いだしませんでした。「正しくつくれば、それは永遠にもつ。」